京都地方裁判所 昭和58年(ワ)375号 判決 1985年1月18日
原告 金田達往
右訴訟代理人弁護士 村山晃
被告 株式会社互助センター
右代表者代表取締役 斎藤秀市
右訴訟代理人弁護士 駒杵素之
主文
一、被告は原告に対し、金一〇八万六二九〇円及びこれに対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
四、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告は原告に対し、金二三一万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年三月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. 1につき仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 被告は、冠婚葬祭に関する一切の業務を請負うことを業とする会社であり、原告は、冠婚葬祭に必要な贈答用品、記念品等を販売する業者である。
2. 原告は被告との間で、昭和五四年三月以来、被告が業務上必要とする①葬祭の際の粗供養品等(以下、粗供養品という)、②満中陰の際の供養品(以下、香典返しという)、③冠婚に伴う贈答品等(以下、冠婚贈答品という)を原告が納入する旨の継続的商品納入契約を締結し、取引を継続してきた。
3. ところが被告は、昭和五七年三月末日に至り、突如原告に対し、四月以降の取引を中止する旨通告してきたが、その内容は「改めて連絡するまで待機をしておれ」というもので、将来に亘って取引しないというものではなかった。その後被告は、同年五月二〇日到達の内容証明郵便をもって、同年四月一二日に前記契約を解除する旨口頭にて通告した旨の通知をなし、結局、同年四月以降一切の取引が中止された。
しかし、これは被告の一方的な措置であり、被告は前記契約に基づき、引続き原告から商品を購入すべき義務があり、被告の一方的な取引中止により原告が蒙った損害を賠償する義務がある。
4. 原告は、従前京都において贈答品等の販売を行っていたものであるが、被告との前記契約に基づき、新たに奈良で店舗(賃借)を構え、京都から派遣した従業員の外にも新規に従業員を雇入れ、京都と別箇の態勢を敷いていたもので、取引中止から少なくとも二か月間は他の営業に移行することもできず、その間に従業員に支払った給料、店舗の家賃及び得べかりし利益に相当する損害を蒙った。
(一) 従業員に支払った給料は次のとおりである。
(従業員名) (四月分) (五月分)
奥本 三〇万〇〇〇〇円 一八万〇〇〇〇円
南 一七万五〇〇〇円 一五万〇〇〇〇円
大島 一七万五〇〇〇円 一五万〇〇〇〇円
増村 四万五〇〇〇円 四万五〇〇〇円
西谷 四万四〇〇〇円 四万四〇〇〇円
岡田 四万四〇〇〇円 四万四〇〇〇円
合計 一三九万六〇〇〇円
(二) 奈良店舗の四、五月分の家賃として合計一三万二〇〇〇円を支払った。
(三) 前記継続的商品納入契約に基づく昭和五六年一〇月から取引中止までの毎月の売上額は次のとおりであり、一か月の平均は五二三万六八五七円となり、荒利益一五〇万円(約三割)から人件費、家賃、諸経費を控除し、月四〇万円を下らない純益があったから、その二か月分八〇万円の得べかりし利益を失った。
昭和五六年一〇月 四三三万二六三五円
同年一一月 五八九万五〇七二円
同年一二月 六一六万六〇八八円
昭和五七年一月 三四五万六八九〇円
同年二月 五一〇万九五二〇円
同年三月 六四六万〇九三五円
5. よって、原告は被告に対し、右合計二三二万八〇〇〇円の内金二三一万五〇〇〇円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和五八年三月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2の事実中、原、被告間で、昭和五四年三月二八日付をもって、原告から被告に対し、贈答品、記念品を納入する契約を締結し、取引を継続してきたことは認める。なお、原告は、右契約を専属的な供給継続契約と主張するようであるが、この点は否認する。また、冠婚贈答品の納入は右取引に含まれていない。
3. 同3の事実中、昭和五七年三月末ころ、原告に対し取引の中止を通告し、同年五月一九日付をもって、原告主張の内容証明郵便を原告に送付したこと、同年四月以降一切の取引が中止されていることは認めるが、その余の主張は争う。
4. 同4の事実中、(三)の売上額は、冠婚に伴う取引額を含むものであり、本件契約の葬祭業務に基づく取引の実績は次のとおりである。その余の事実は知らない。
昭和五六年一〇月 三六二万六三四二円
同年一一月 三八二万四七〇二円
同年一二月 五七八万二三八八円
昭和五七年一月 二六一万七〇七〇円
同年二月 四一九万一四二〇円
同年三月 五一七万八一五五円
三、抗弁
1. 原、被告間の前記契約は、被告の営業である冠婚葬祭業務につき必要とする贈答品等を被告が原告に発注する都度、原告においてこれを供給するものであるが、葬祭業務の運用にあたっては、顧客から被告に対する業務申込が常に急を要するところから、被告から業務発生の連絡を受けた原告は、被告を代理して顧客と折衝して粗供養品等の必要品目を決定し、その商品を直接顧客に納入し、同時にその納入状況を被告に報告し、かつ代金を領収して二日以内に被告に右領収金を納入し、被告は一定割合の益金を控除し、毎月末日にその月分の売上高を清算し、翌月一五日に原告に清算金を支払うものとされていた。また、右代金の集金と同時に葬儀執行総費用の集金も別途原告に委託していた。
右の他、被告は、原告が被告の顧客に対して、香典返しを販売することを認めていたが、その場合も同様に原告において集金した代金を一旦被告に納入し、前記同様一定期日に被告の益金一〇パーセントを控除して、原告に清算して支払うものとされていた。
2. 訴外山原松治(以下、山原という)は、もと被告の奈良営業所長であったが、昭和五三年に退職して独立し、以後被告の代理店としての契約関係にあり、同人は、その執行した葬祭業務の一切を被告に報告すべきところ、これを怠り、昭和五六年一〇月二四日から昭和五七年三月二二日までの間の一一件分、取引総額四六一万九三〇〇円相当の取引につき、被告を通さずに葬祭業務を行い、よって生ずる相当の利益を着服横領した。
3. ところで、原告は、山原の右不正取引分一一件について、粗供養品等の売却結果を被告に報告し、その集金した販売代金と葬儀執行総費用も被告に納入すべきところ、被告への報告及び納金を怠り、また、右の内二件については香典返しの販売も行われたが、これを被告に報告せず、集金した代金も納入しなかった。
4. 被告は、昭和五七年三月末ころ、原告の右違反事実を知り、原告に取引の中止を通告し、事実調査の結果、同年四月一二日、前記契約の解約を通告したものである。なお、念のため同年五月一九日付内容証明郵便で右の趣旨を念達した。
5. 被告において、粗供養品等の供給契約につき、原告のみと専属的に契約しているものではなく、他に四、五社と同様な契約関係にあったもので、原告とは、右のように昭和五七年三月末日に取引中止の通告をしているのであるから、以後原告の営業について被告において保障すべきなんらの責任はない。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1の事実は認める。
2. 同2の事実中、山原がもと被告の奈良営業所長であり、昭和五三年以降は独立して代理店となっていたことは認めるが、その余の事実は知らない。
3. 同3の事実は認める。
4. 同4の事実中、昭和五七年四月一二日に本件契約の解約を通告したとの点は否認し、その余の事実は認める。
5. 同5の主張は争う。
五、再抗弁
1. 被告は、山原と代理店契約をしてからも、山原を被告の奈良営業所長と位置づけ、原告に対して発注する葬祭業務については、すべて山原に指示させていた。従って、山原の原告に対する指示は、被告の指示と同一であり、これに従ってなした行為について被告から契約違反とされるいわれはない。
2. しかるところ、山原は原告に対し、粗供養品の販売報告並びに原告の集金した販売代金及び葬儀執行総費用については、山原に対して報告及び納金するよう指示しており、従前からそのように取扱われてきたものであり、被告の主張する一一件についても同様、山原に報告及び納金した。
3. また、香典返しについては、従来は原告から被告(奈良玉姫殿)に報告及び納金していたが、被告の主張する二件については、山原の指示により、山原に対して報告及び納金したものである。
六、再抗弁に対する認否
1. 再抗弁1の事実は否認する。
2. 同2の事実中、山原の指示については否認し、不正取引の一一件について、山原に報告及び納金した事実は知らない。
3. 同3の事実中、従来の取扱については認め、その余の事実は知らない。なお、被告を退職して代理店となっていた山原に、原、被告間の契約につき指示したり、まして契約関係の変更を指示する権限などあるはずがない。
七、再々抗弁
1. 仮に山原に指示する権限があり、山原が原告に対し一部取扱を異にする指示をしたとしても、原告は山原が前述のような不正行為をすることを知りながら、山原と共謀して、山原の不正行為が発覚しないよう被告への報告及び納金を怠ったものである。
2. 右事実が認められないとしても、少なくとも、香典返しについての販売報告及び納金は、山原のなんら関与しないところであり、山原から別扱いの指示があっても、原告としては被告に確認すべき義務があり、これを怠って別異の処理をしたのは、原告に契約違反の認識があったものというべきである。
3. 被告としては、原告に香典返しの販売を認め、その報告をさせることにより、山原の葬儀執行報告を正確ならしめる機能をもたせていた。なんとすれば、葬儀執行段階では顧客が香典返しの注文をするかどうか不明であり、後に香典返しの注文があった場合に、原告から直接被告に報告されることになれば、山原としては葬儀執行報告を正確にせざるを得ないからであり、原告が前記二件の香典返しの販売報告をしなかったのは、重大な義務違反であって、被告の解約告知は正当な理由がある。
八、再々抗弁に対する認否
1. 再々抗弁1の事実は否認する。
2. 同2の事実も否認する。山原の指示は、すなわち被告の指示であり、改めて被告に確認すべき義務はない。
3. 同3の事実中、被告が香典返しの販売報告にどのような機能を考えていたかは知らない。
第三、証拠<省略>
理由
一、被告は、冠婚葬祭に関する一切の業務の請負を業とする会社であり、原告は、冠婚葬祭に必要な贈答品等の販売業者であるところ、右両者間で、昭和五四年三月ころ、被告が業務上必要とする粗供養品、香典返し等を原告から被告に納入する旨の契約がなされ、その後右取引が継続されていたところ、昭和五七年三月末日に至り、被告から原告に対し、同年四月以降右取引を中止する旨の通告がなされ、以後一切の取引が中止されるに至ったことは当事者間に争いがない。
なお、<証拠>によれば、原告は、右の葬祭関係とは別途に、被告の奈良玉姫殿において、被告の注文により冠婚贈答品の納入も行っていたが、葬祭関係と同様に取引が中止されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二、1. <証拠>を総合すると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 原告は、主として京都で贈答品の販売をしていたが、前記契約により、被告の奈良営業所が取扱う葬祭関係で粗供養品等を納入することになり、京都と別に店舗を賃借し、京都から従業員一名を奈良の専従者として派遣し、さらに二名の従業員とパート三名を雇入れ、被告の注文に対応しうる態勢を整え、被告関係の業務のみを行ってきた。
(二) 被告との取引実績は、昭和五六年四月から昭和五七年三月の一年間で、粗供養品関係二五〇三万二七二四円(月平均二〇八万六〇六〇円)、香典返し関係二四五九万七二三五円(月平均二〇四万九七六九円)であり、月によりかなりの差があるが、最低でも月二六〇万円を超える取引があった。
(三) 前記契約は二年間とされ、双方に異議がなければ自動的に更新される(契約書第八条)ことになっており、また、取引にあたって、原告は被告の業務に対し全面的に貢献すると共に被告の社名を失墜するような行為をしてはならない(同第一条)こと、被告は原告の営業実績向上のための協力支援態勢をとる(同第二条)ことが定められ、契約の定めない事項についても法令、慣習に準じ信義、誠実の原則に則り両者共存共栄の精神をもって解決する(同第九条)旨定められている。
2. 前記契約に基づく葬祭関係の取引方法は抗弁1記載のとおりであり、この点は当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告に対する注文は、被告の奈良営業所で執行する葬祭業務が発生したときに行われ、具体的に納品する商品は顧客の注文によるものであり、従って、原告のなす商品の供給は、時期も内容、数量等も不確定なものであり、具体的な注文がなされた都度、契約関係が生ずるものと解するほかはない。
しかし、前記認定の事実に徴すれば、原告は、不定期ではあるけれども継続的に注文を受けることを前提として、人的、物的設備を整えて随時供給し得る態勢をとっているのであって、原告にとって契約関係が継続される利益は極めて大きく、他方、被告にとっても、不時の需要に応じる業者をもつことはその業務の性質から必須の要件と考えられ、右のような両者の関係はいわゆる継続的供給契約と解するのが相当であり、継続的法律関係の法理により律せられるものというべきである。
三、そこで抗弁について判断する。
1. 前述のとおり抗弁1の事実は当事者間に争いがない。
2. 抗弁2の事実中、山原がもと被告の奈良営業所長であり、昭和五三年以降は独立して代理店となっていたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、抗弁2のその余の事実もすべて認めることができ、右認定に反する証拠はない。
3. 抗弁3の事実中、山原が契約に反して被告を通さず不正に執行した一一件の葬祭業務につき、原告が粗供養品及び内二件について香典返しを納入し、その代金を集金したが、右取引について直接被告に納品の報告や代金の納入をしなかったことは当事者間に争いがない。
4. 抗弁4の事実中、昭和五七年三月末ころ、被告が原告に対し、本件取引の中止を通告したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、同年四月一二日、被告から原告に対し、前記契約の解約を告知したことが認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
5. 抗弁5の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
四、次に再抗弁について検討する。
1. <証拠>を総合すると、被告は、葬祭部門につき奈良営業所を置き、奈良県下の葬祭業務を担当させていたこと、昭和五二年末までは山原がその所長であり、その後、山原は被告を退社して代理店となったが、依然として奈良営業所長の肩書で業務を執行しており、被告は、奈良県下で被告が取扱う葬祭が発生した場合は、すべて山原に委託して、施行の程度も山原に決定させていたこと、原告は、被告との契約に際し、奈良営業所の指示即ち山原の指示に従って業務を遂行するよう指示されており、山原から葬祭業務の発生を連絡されると、顧客と交渉のうえ、直接顧客に粗供養品を納入し、被告の委託に基づいて商品代金と合せて葬儀執行総費用の集金もし、請求書と共に山原に納金していたこと、山原は、その請求を点検して被告の経理に納入し、その後、被告から原告に清算金が振込まれる仕組になっていたこと、山原の前記不正執行にかかる葬儀についても、山原は、被告の奈良営業所の名義で葬祭業務を行っていたこと、原告は、右葬儀につき山原から事前に被告を通さなくてもよい旨の指示を受けていたが、右の取扱いと同様、粗供養品の販売代金と葬儀執行総費用を集金し、請求書と共に山原に納入したものであり、従前との相異点は、被告から振込まれる清算金を山原から受領した点だけであったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
2. 次に香典返しについては、原告が顧客と直接契約し、被告に対しその販売報告をすると共に、集金した代金も一旦被告に納付したうえ、被告においてその一〇パーセントを控除して、残金を原告に交付していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、山原の不正執行の葬儀の内二件について、原告は顧客に香典返しを販売したが、前述のように山原から右の葬儀については被告を通さないでよい旨の指示を受けていたことから、香典返しについても山原に報告及び納金し、山原にその一〇パーセントを支払ったことが認められ、証人山原松治の証言も右認定を覆すに足りるものではなく、他に右認定に反する証拠はない。
3. 右1に認定した事実によれば、山原は、被告の奈良営業所が取扱う葬祭について、原告に葬祭業務の発生を連絡し、原告が被告との約定に基づいて納品した粗供養品の販売報告を受け、かつ原告の集金した代金等を受領する権限があったことは認められるが、山原が被告の名義で取扱う葬儀につき、被告を通さない取扱いをする権限がないことはいうまでもなく、従って、山原から原告に対しそのような指示をする権限がないことは明らかである。
4. しかし、山原が不正に執行した一一件の葬儀に関する粗供養品の販売報告並びにその代金及び葬儀執行総費用の納入について原告がなした処理は、原告が被告との契約に基づき、被告から指示されていた取扱いと異なるものではなく、原告が山原に報告及び納金をした後の処理は専ら被告と山原との間の問題であり、原告の処理をもって契約に反するものとはいい難く、原告において、山原が被告を通さずに業務を執行する意図であることを知り、かつ山原から直接清算金を受領したことをもって、右判断を左右しなければならないものではない。
但し、香典返しについては、元来山原とは関係がなく、山原に別異の取扱いを指示する権限がない以上、原告において、山原の指示に従ってなした処理は、被告との約定に反するものといわざるをえない。
五、そこで再々抗弁について検討するに、被告は、原告が山原の指示に従って前述のような処理をしたのは、原告が山原と共謀して、山原の不正行為を隠蔽するためであると主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることはできず、かえって、<証拠>によれば、被告は、三重県の伊賀上野にも営業所を有するところ、同営業所には所長を置いていないため、同営業所で取扱う葬祭についても山原に委託してその業務を行わせていたこと、右営業所関係については、遠隔地であり採算がとれないことから、被告と山原との間で別扱いとし、粗供養品等について、山原が独自に処理できるものとされており、昭和五五年ころから、原告は山原の依頼で右営業所関係の葬儀についても粗供養品を納めることになり、この分については被告を通さず、直接山原に報告及び納金し、山原から清算金を受取っていたこと、右のような取扱い例があったことから、原告は、奈良営業所関係の一一件についても、伊賀上野と同様の扱いをすることで被告の了解がある旨の山原の説明を信じ、その指示に従ったものであることが認められる。なお、先に認定したところから明らかなように、原告は山原の指示に従って処理したことによって、なんらの利益も受けていないのであり、この点からも原告が山原の不正行為を知ってこれに協力したと考える根拠はない。
六、ところで、本件のような継続的法律関係にあっては、両当事者の信頼関係が重要な基礎をなすものであり、債務不履行のみならず、信頼関係の破壊あるいは法律関係の継続を困難ならしめる事態が生じた場合は、解約告知して法律関係を終了させることができるものといわなければならない。しかし、当事者は契約関係の存続を前提として人的、物的な設備等の態勢を備えているのであるから、一方当事者の責任が甚しい場合はともかく、そうでない場合には、解約告知自体は有効とされても、相手方の責任の程度に応じて、取引関係の終了による損害の一部又は全部の賠償をなさしめて、両当事者間の衡平をはかるのが相当である。
そこで本件の場合について考えるに、先に判断したように、山原が被告を通さず不正に執行した葬儀のうちの二件について原告が販売した香典返しの報告及び納金の処理は、被告との契約に違反するものといわざるを得ず、結果的にこれが山原の不正の発覚を妨げたことも推測するに難くなく、被告にとって右の違反は件数あるいは金額の多寡に拘らない重要性をもつことも理解しえないところではない。従って、被告のなした解約告知自体を違法ということはできない。
しかし、原告が右のような違約をなすに至ったのは、主として山原が自己の不正行為を糊塗するために、原告に誤った指示をしたことに起因するものであり、原告において不正の利益を得たわけでもなく、その違法性はさほど重大なものともいい難く、被告において直ちに契約関係を終了させる措置をとらず、原告と十分協議して円満に解決する道をとることもまったく期待できないことではないと考えられる。
このような事情に鑑みれば、被告は取引を終了させたことにより原告が蒙った損害を賠償すべき義務があるものと解するのが相当であり、その損害は、解約告知が有効である以上、履行利益を含まないものというべきであり、原告において契約関係が存続するものと信じたことによる損害、すなわち信頼利益に対する損害の限度とすべきである。
七、そこで、右の損害額について検討するに、先に判断したように、原告は、被告関係の業務を行うために、店舗を賃借し、従業員を雇入れていたものであり、解約告知が四月一二日であるから、同月分の賃料と解約告知後一か月分の従業員の給料は、前述の信頼利益に対する損害に該当するものというべきであり、<証拠>によれば、一か月分の家賃は六万六〇〇〇円であり、従業員に対し支払われた給料は、請求原因4の(一)のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はなく、四月分と五月分のうち一二日間の給料の合計は、一〇二万〇二九〇円(円未満四捨五入)である。
八、以上の次第であるから、原告の本訴請求は一〇八万六二九〇円と訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和五八年三月一〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 井垣敏生)